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2008年9月19日 (金)

M400と144のEF

M400_144_01最近、“EF”と書くとカメラの方を想像してしまうのは、万年筆に対する興味が薄れている証拠でしょうか・・・。

まあ、そんなことは気にしないでいきましょう。

M400と144、どちらも愛用の万年筆です。特にこのボルドーのM400は、使い始めてから一度もレギュラーの座から降りたことはありません。

そして、どちらもEFです。

簡単なメモ書きや手帳への記入など、非常に使用率の高い万年筆です。

これが太字なら、ここまで使うことはなかったはずです。やはり、細字の方が実用的だと感じます。

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以下、個人的な意見です。

私としては、“本気で仕事をしている時に、万年筆の楽しさなど必要ない。” と考えています。

もちろん、使いやすいことは求めますが、万年筆であることを必要以上に意識させられることは嫌なのです。

普段は、存在を消して欲しい。時々、“良いペンだな。” って、思い出させて欲しい。

こんな感じですね。

“インクが乾くのを待つことが、スローライフだなんて思わない。それよりも、ペンを使い続けて、ゆっくりと手に馴染んでいくことを楽しみたい。”

“万年筆自体は文化ではない。万年筆によって生み出されるものこそ文化である。”

あまり不満ばかり書いても仕方ないので、これでやめておきます。

うーん、ちょっとストレスがたまっているのかもしれませんね・・・。

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コメント

>「インクが乾くのを待つことが、スローライフだなんて思わない。」

「万年筆=趣味の世界」はまだ理解できますが

「万年筆=大人の余裕、スローライフ」や
「インクが乾くのを待つ楽しみ、余韻」とかいうのも
多いですよね。
本当にそう思っているの?と疑問しきりです。
外人からすれば「万年筆が流行るなんてドMだね」と即答されるますし(苦笑)

実用的であるか趣味的であるか、
十人十色ですが「万年筆=スローライフ」の構図は
昔から在るんですかね?


投稿: サガ | 2008年9月19日 (金) 01:14

サガさん、おはようございます。

あまりにも、万年筆を持ち上げすぎていないかと感じることが多いです。
もちろん、万年筆の楽しさや素晴らしさを否定するつもりはありませんし、私自身、万年筆を一生使い続けることは間違いないと思います。

でも、多くの人にとって、万年筆は“不便であること”、“面倒であること”は紛れもない事実でしょう。
そうでなければ、万年筆使用者が少数派として扱われることなどないはずです。

別の考え方をすれば、万年筆よりも他に便利な筆記具があるからこそ、安心して万年筆を使えるのかもしれません。
“趣味の道具なのだから、多少不便でも構わない。どうせ不便なら、中途半端ではなく、本格的に万年筆に拘りたい。”
こんな考え方があるのかもしれません。

機械式時計も、世の中に正確な時計がいくらでも存在しているからこそ、安心して使えると思うのです。
絶対的な精度に関しては、他に任せられるから、安心して趣味の世界に徹することが可能だと。

現在、この世に万年筆以外の筆記具が存在しなければ、誰もスローライフだなんて言わないでしょうね。
そして、もっと便利で手軽に扱える筆記具の開発が進められていることだと思います。

私は万年筆が好きですよ。
でも、持ち上げすぎるのは嫌いです。

投稿: royalblau | 2008年9月19日 (金) 10:11

こんにちは!

>本気で仕事をしている時に、万年筆の楽しさなど必要ない

私が万年筆を好む一番の理由は「自分の書いた文字や絵が好きだと思えるから」です。
昔から”書く”ことが好きだったので、色々な筆記具を使ってきて万年筆にたどりつきました。一番自分に合うと感じています。
仕事では、封筒の宛名書きなど、きれいな文字を要求される場合には万年筆を使いますが、この時に”楽しい”と感じることはありません。

>万年筆自体は文化ではない。万年筆によって生み出されるものこそ文化である。

同感です。素晴らしいお言葉だと思います☆

何度も書いてきましたが、絵を描くのが好きで、色を塗るのはもっと好きです。なので万年筆に限らず”色”には注目してしまい、インクを紙にのせて乾くまでの色の変化を見るのも楽しいと感じます。

・・・というわけで、万年筆は大好きなのですが、あくまでも書くためのツールです。
そこから生み出すものに意味があると思っています。

そのわりに数が増えすぎているのですけど・・・;

価値観は人それぞれですけど、確かに持ち上げすぎる風潮は否めないかもしれませんね。

投稿: 渓雪 | 2008年9月19日 (金) 14:28

渓雪さん、こんにちは。

最初は、言葉を選びながら、あまり批判的にならないように書いていましたが、抑えきれなかった部分も出てしまったようです。
でも、これは、万年筆が好きだからこその発言として、許してもらえればと思います。

>私が万年筆を好む一番の理由は「自分の書いた文字や絵が好きだと思えるから」です。
>昔から”書く”ことが好きだったので、色々な筆記具を使ってきて万年筆にたどりつきました。一番自分に合うと感じています。

私は、ボールペンの延長で万年筆を使うようになりました。
とにかく使いやすい筆記具が欲しい、という思いです。
今では、万年筆は欠かせない道具です。

>仕事では、封筒の宛名書きなど、きれいな文字を要求される場合には万年筆を使いますが、この時に”楽しい”と感じることはありません。

仕事中には、楽しさが邪魔になるのです。
そもそも、仕事ですからね・・・。

>何度も書いてきましたが、絵を描くのが好きで、色を塗るのはもっと好きです。なので万年筆に限らず”色”には注目してしまい、インクを紙にのせて乾くまでの色の変化を見るのも楽しいと感じます。

これはわかります。
多くの組み合わせがある中で、あえて自分が選んだ組み合わせ。
同じインクでも、時として異なって見える色合い。
万年筆が持つ味は、最高なものでしょう。

私がインクの退色の様子を見て楽しんでいるのも、最近になってブルーブラックを使うようになったのも、万年筆を使い続けることによって書き味が良くなることを喜ぶのも、全て変化を楽しんでいるのだと思います。
変化を成長として捉えるか、劣化として捉えるか、そのあたりは人それぞれでしょうけど、人によって解釈が異なる部分さえも面白さを感じるのです。

そのような観点で、ゆっくりと万年筆を楽しむことは好きです。
単純に、“スローライフ”という言葉で良いイメージを植えつけようとするのは、とても抵抗があります。

万年筆が、優れた筆記具の1つとして広く再認識され、多くの人が普通に使うようになったとき、万年筆は復権したと言えるのではないでしょうか。

投稿: royalblau | 2008年9月19日 (金) 16:08

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