昨日の夜の段階で、累計アクセスが2000を超えました。皆様、本当にありがとうございます。私は、“ココログプラス”を申し込んでいるので、ココログの管理画面でアクセス数を知ることが出来ます。ただし、これでは訪問される方々には、アクセス数を知ることが出来ないため、別途カウンターを設置することも考えていますが、しばらくの間は、自己申告していきます。
前回、累計1000アクセスの報告をしたのが6月15日だったので、3週間で達成したことになります。これからもよろしくお願いします。
このブログには、万年筆に関するコメントを求めて訪問される方が多いようです。しかし、あまり参考にはなっていないと思います。私は万年筆に対して、“何でもいいから自分が気に入ったものを買ってしまおう”という考え方でいるため、具体的なことは、ほとんど書いていなかったと思います。
それでも、万年筆の購入を検討している人に、少しでも参考になることを書いていきたいと思います。だから、一度紹介した万年筆に対しても、記事を追加していきます。その際、年月の経過によって、どのように気持ちが変化していくか、それを表現してみたいです。
はっきり言えば、私も万年筆の初心者です。機械式時計から興味が離れた間、万年筆を買い集めたというのが真実かもしれません。
しかし、今は本当に万年筆が好きになりました。だから、万年筆の欠点を見つけて批判するのではなく、良いところを見つけて楽しみたい。
無理して万年筆を使う必要はないと思います。ボールペンが適している場面では、迷わずボールペンを使えばよい。でも、万年筆を活躍させてあげられる場面では、思う存分使いたいのです。
“機械式時計と万年筆は、数十年前の製品の方が出来が良い” ということをよく聞きます。両者が直面している現状を見れば、それは事実だと思います。両者は、圧倒的に低コストで高品質な工業製品と戦わなければなりません。もはや、コストを度外視した手作りの製品など期待しても無駄なのかもしれません。
それどころか、時計は携帯電話、手書きなどしないでワープロ、という状況です。機械式時計も万年筆も、一生手に触れることのない人がいても何ら不思議ではありません。
機械式時計と万年筆は、これから先も残るとは思っています。しかし、ブームが去った後は、一部のマニアのためだけに残るのかもしれません。最悪の場合、それも仕方ないと思います。完全に無くなってしまうことを思えば、我慢できます。しかし、それは決して望むことではありません。如何に多くの人に使い続けてもらえるか、これが大きな課題ではないでしょうか。
機械式時計と万年筆の高級品は、芸術的な要素もあります。使うのがもったいないと思わせるほどの高額製品もあります。でも、基本的に道具です。使ってこそ価値があるのです。使うことで進歩するのです。
多くの人に使って欲しい。そして、実際に使って楽しさを感じて欲しい。ただそれだけです。
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